
春子さんは夫に先立たれ、独身の長女とともに生活しています。春子さんには長女の他にも長男がいますが、昔から長男の嫁と折り合いが悪く、それが原因で長男とも不仲な状態が続いています。
自宅の土地建物は春子さんの名義ですが、自分にもしものことがあったときに、長女が住む家に困らないよう、不動産全部を長女に相続させたいと思い公正証書遺言を作成することにしました。
しかし、春子さんはこの頃、認知症と思われるような兆候が多少出てきていましたので、公証役場へ相談すると、公証人さんが証人二名の他に医師も二名立ち会わせようと提案してくださいました。そして、その後無事に公正証書遺言が完成しました。
2年後、春子さんは病気で亡くなりました。そこで、長女が公正証書遺言の存在を長男に告げると、長男は、「遺言書を作成したころ、母さんは物忘れがあり認知症であった可能性が高い」と言って、遺言の無効を主張してきました。しかし、公正証書遺言であること、医師が立会い春子さんの精神状態は正常であると確認していることなどから、最終的には長男夫婦も納得し、不動産は無事に長女の名義となりました。
今回のような場合で、遺言書が公正証書遺言ではなく自筆証書遺言であったら、長男夫婦は納得せず、裁判となって紛争が長期化したのではと考えられます。
認知症になったからといって、ただちに遺言能力がなくなるわけではありませんが、出来れば、心身ともにお元気なうちに作成しておかれた方が安心だと思います。

智さんは70歳。定年を目前に控え、体力的にも衰えを感じはじめてきていましたので、「この辺で遺言書でも作成しておこう」
と思い立ちました。しかし、公証役場に行くのは少し面倒であると思い、ここはひとつ、自力で遺言書を作成しようと決めました。
智さんは妻に先立たれた後、内縁関係の女性と長年暮らしています。亡くなった先妻との間には長男がいます。長男は結婚して家庭を持っていますが、心配の種は、自分にもしものことがあった時の残された内縁の妻の生活です。長男は働き盛りでバリバリ仕事をしていますし、妻が亡くなってからは一切実家に寄りつかなくなっていたので、わずかな預貯金と居住不動産すべてを内縁の妻に相続させるとの遺言を書きました。
3年後、智さんは心筋梗塞で突然亡くなりました。内縁の妻は、智さんの生前に遺言書のことを聞いていましたので、家庭裁判所で「検認手続き」をした後、司法書士さんに相続登記を依頼しました。ところが、そこで司法書士さんから驚きの発言が。
「この遺言書は内容が不備ですので、遺産分割協議書がないと相続登記できません。」
智さんは頑張ってひとりで自筆証書遺言を作成したのですが、残念なことに内容的に無効な遺言を書いてしまっていたのです。
内縁の妻は、残念に思いながらも、
「自分の名義にならなくても、今までどおりこのまま住んでいけるだろう」
と楽観的に考えていました。
ところが、ある日突然・・・
「私たち家族で住むことにしたので、出ていってください」
と、長男に告げられ、退去を余儀なくされたのです。高齢のうえ、わずかな預貯金しかない妻は、泣く泣く長年暮らした家をあとにしました。
大切なご家族のことを思われるなら、公正証書で遺言を作成した方が確実です。
多少の手間と費用はかかっても、その分メリットは大きいです。

浩志さんは55歳。専業主婦の妻と二人の子どもがいます。長男(28歳)は、結婚して家庭を築いていますが、長女(23歳)は1年前にダンサーになると言い残し、単身アメリカへ。両親が大反対していたこともあり、長女はそれ以来一度も家に戻っていません。
ある日、浩志さんは過労による脳出血で突然亡くなりました。妻は悲しみにくれながらも、長男とともに通夜・葬儀を気丈に執り行い、無事に終えることができました。
後日、葬儀社から250万円の請求書が届いたので、妻は浩志さん名義の預金の中から支払いをしようと銀行に行き、その旨を伝えたところ、銀行から、「遺言書はありますか?ないようでしたら、相続人全員の同意書あるいは遺産分割協議書をお持ちください。それまで引き出しはできません。」と言われました。預貯金が引き出せないとなると葬儀費用はおろか明日からの生活費にも事欠きます。妻は慌ててアメリカにいる長女に電話をしましたが、ずっと留守番電話で連絡がとれません。手紙も送りましたが、一向に返信がないまま。葬儀社からは何度も督促の電話が入るものの、「もう少し待ってください」と謝るしかありません。当座の生活費は長男が立替えてくれましたが、来月以降はもう無理だと言われ、妻は途方に暮れてしまいました・・・。
ここでもし、「妻にすべて相続させる」との遺言書があれば、妻は単独ですぐに預貯金が引き出せたのです。
死はある日突然やってきます。誰にも死期はわからないのです。法律上は15歳以上であれば単独で遺言書を作成できます。ある程度の年齢になり、自分名義の財産とご家族がいる方は、遺言書を作成してみてはいかがでしょうか。
大切なご家族のことを思われるなら、公正証書で遺言を作成した方が確実です。
多少の手間と費用はかかっても、その分メリットは大きいです。